スピリチュアルなものを何とか表現したいという思いから、これまで絵を描いてきたが、それは、虹をつかもうとするようなことであり、つかんだと思った瞬間に手の中から消えていってしまうものである。私の場合、制作するにあたって、頭で概念化し、形式化していくと、なぜかその輝きは消えていってしまようにおもわれる。
直感で捕えたイメージを、クリアーに表すためには、絵画特有の表現である、色彩、線、フォルムなどを純化し、また、あえて断ち切っていくことが必要な時がある。しかし、逆に、そのような純化によって失われてしまったものを再び取り戻していく過程も、私にとっては大切なことではないかと思う。そのような理由から、私の制作の方向は、ちょうど円の中心を見つめながら円周上を移動していくように、絵画的表現を少しづつ変化させ、また循環させながら進めていくことになるのである。
今から6、7年前、毎日線描を続けていた時期があった。その頃は、線が描き出す生命力と一体になり、線と戯れることに喜びを感じていた。クロッキー帳にマーカーという素材を用いていたのは、そのような物質性の少ない素材の方が、かえって線それ自体が語るものを、ごまかしなく表現できるように思えたからである。
ひたすら描くことと、見つめることとの繰り返しの中から、次のようなことを考え始めた。
「描くということは、内的な生命を生み出すことではないだろうか」、また、「描くということは、内面を映し出すことではないだろうか」、と。
1994年頃から、精神的なものへの関心が深まり、描くことと並行して、自己の内的世界を意識的に見つめていきたいと思うようになった。そして、次第にドローインクにも、捕らえ所のない形象が少しずつ見え始めてきた。描きたいと思う何かが、植物の種子のように、まず内面に生じて、その種子を画面上に育てていくようなドローイングに変化していった。
その後、描きたいと思う何かが、内面で少しずつ形を成していくにつれて、再び色彩と筆触を伴った絵画を試みるようになった。
ここ数年間、試行錯誤を繰り返しながら、表現したいと考えているイメージは、あえて言葉にするならば、 「内面の植物的な生長運動の中から出現してくる、遥かなる原風景」とでも言うことができるかもしれない。
私は作品を制作するにあたって、何よりもまず、「内的衝動」すなわち「内的必然性」を大切にしている。
したがって、他者の作品を理解する上でも、造形的な部分を成り立たせている「構造」や「方法論」の読み取りより先に・その作品の背後にある、表現者の「理念」、「信念」、または「自由意志」のようなものを、作品の核として感じ取りたいと思っている。そして、それらの目には見えない精神的なものが、現実空間の中で、絵画、彫刻などの姿を纏って現れ出てきた瞬間に、私は他者の芸術を自己の内に体験するのである。
他者の様々な真実を、自己の内に感じ取り、内的世界をお互いに豊かにしていく交流の場として、私は現代美術を考えている。そのためにも、人間の内面に根差した美術に、立ち返っていきたいと思うのである。
profile
1961 大阪府に生まれる
1985 東京大学文学部美術史学科卒業
個展
1987 大倉山記念館ギャラリー、横浜
1989 かねこ・あ一とG1、東京
1991 GALLERYケルビーム、東京
1993 かねこ・あ一とギャラリー、東京
1996 ギャラリー檜、東京
1998 GALLERY CHIMENKANOYA、東京
1999 「ART-ING TOKYO 1999(セゾンアートプログラム企画)」:ゆーじん画廊、東京
グループ展
1992 〈様々な平面氈@1992〉かねこ・あ一とギャラリー・東京
1993 〈TAMA VIVANT’93〉多摩美術大学八王子校舎、東京/SOKOギャラリー、東京
〈生活空間への提案展〉かねこ・あ一とギャラリー、東京
1999 〈表現のゆくえ展〉ギャラリー・イセヨシ、東京