サトル タカダprofile 作品(写真)
会場/ギャラリー檜
会期/1994年1月10日(月)-1月22日(土)

午前11時30分一午後7時


消えるかたち、現われるかたち  

 私たちが住んでいる都市の広がりを眺望してみるとき、面白いことには、1戸1戸の 家屋や敷地はほぼスクェア(四角)に建っていて、街の区割りも同様ほぼ四角で成リ立 っているのに、都市そのものはまるでアメーバーが増殖するように混沌とした不規則な 拡がりを繰り広げている。都市は決してもとの組成の集積した形態とはなっているよう に見えないし感じられない。それは都市が単に道路事情などによって拡張しているため ではなく、その中の情報社会の情報と同様、つねに変容(メタモルフォーゼ)している 要素をかかえているからではなかろうか。私たち都市を構成している人間の棲み方 欲望や理想、理性や計画、嗜好や生産性、自治や政治一がなせるわざであるのだが、 そこに棲んでみてはじめて、そのきわめておかしな変容ぶり(別のかたち)に気付きガ ク然とする。まるで都市の形態は揺すってひっくり返したオモチャ箱のようなものであ る。

線の誕生(部分)Aluminium,Iron,Wirerope
2000H×3000W×3000D(mm)  1992 撮影 奥村基

 

 都市拡張現象の中にみられるこのような平面的なかたちの因果作用ひとつ取リ出して みても、わが生命体モデルが紡ぎ出していく混沌とした世界(都市像、自然像)は、芸 術家たちにとっては、またとない観察と解剖の機会と魅力を秘めているようだ。  

 先立って成田空港の雑踏の中でふと隣り合った人たちの話に耳を傾けていると、こん な話が聞えてきた。  「世界中が不景気な時代になると、どこが一番景気がいいか悪いかは、空から見ると ひとめで分かるよ。飛行機の窓からピルの屋上に立ってるクレーンの数さえ数えておけ ぱね。東京はまだいい方で、ロンドンなんか、ほんの2、3本ってとこかね」  
  なるほど、なるほど、クレーンの数か、あれはヘタな統計や数字をひっくり返して検 討するよりはっきりしていていい、と妙な感心をしたものだが、都市空間におけるクレ ーンとビルと都市の全体像、この三者はおかしな関係にあるものだと思った。ビルが建 ってしまえばクレーンは解体され姿を消して鉄屑となってしまうものだが、にも拘らず 消え去っていくものを数えることによって人はその時々の景気を診断している。ビルと いう実体とクレーンといういわば影のようなもの、そして都市(あるいは自然)という 総体。この三者の関係には、何か「都市は生きもの」といわれるような妙な因子が作動 しているように見える。つまり都市形態には不可思議な因果作用(変容素)が秘められ ているようだ。  

DRAWING SCULPTURE 子午線 '93
4000H×15000W×12000D(mm) Iron, Rail,Winch,Wirerope  撮影 佐々木元彦

サトル・タカダという彫刻家はこうした都市の隠れたる変容素にじっと目を凝らして きた作家であるようだ。
 80年代からはじまった彼の鉄骨やコンクリートを素材にした彫 刻群は、このような都市づくりに内在しているかたちの因果作用のいくつかを抽出する ことによって、そこから彫刻として成立する変容素を一種の装置に変換してきたかに見 える。
 82年から84年にかけて「現代美術の祭典」(埼玉県立美術館前庭)などに作った
 「Vertical and Horizontal」(82年)や「G−Space」、「Z−Space」(84年)など初期作品 は、いずれも鉄骨とコンクリートを素材にしたものであるが、そこにはワイヤーで重力 を浮かせる試みとか、違った素材と違った形態が組み合わされることによって重力が視 覚的には軽さに変容するような空間造形を試みている。  
  そのような変容素が更に明解に打ち出されていくのは87年から90年代にかけて個展 (ギャラリー檜、スパイラル・ガーデン)や野外展(美ガ原、青森・合浦公園)での巨 大な構造物たちである。これら構造物たちの特徴は、街の中でクレーンの特徴である鉄 骨構造、ワイヤー、ウィンチなどを保持しながら、同時にクレーンが持っている作用 一てこの原理や巻き上げや滑車といった要素一を、クレーン本来の目的とは違った 別の変要素として取り出してみせていることである。
  つまり、この時期の彼の構造物た ちは、大きく分けると3つの動きを示している。
1つは「描く構造物(Drawing Machine)」、2つは「飛翔する構造物」、3つ目は「蒸留作用」である。クレーンがも っている本来の目的とは全く違った、いずれも都市空間づくりの中では目に見えないよ うに雲散霧消している現象一「描く」、「浮く」、「蒸発する」一といった「かたちの 変容素」が抽出されていることに注目したい。それは、例えば情報社会の中ではいつも 起っている現象であるが、情報の1つ1つを都市の中の「かたち」として理解してみる とよくわかるが、情報が集積すると別種の巨大な情報に変容して都市に働きかけていく のに似ていて、何か生命体であるかのように変容してしまっている。クレーンは都市づ くりにおいては、ビルが完成したときは常に消え去り解体される鉄屑に過ぎない。しか し、その作用は、1人の芸術家の手によって変容され、全くおかしみのあるものに成り 変っている。

 「形態は形態に対してエネルギーなしの因果作用を与える働きを持つ」といった哲学 者がいるそうだが、そんなエピソードさえ、彼の彫刻は思い出させるところがある。ま さに鉄屑が蘇っていく感がしてくる。  サトル・タカダの足跡をみると87年の「Development」、「Circle Point」(ギャラリー 檜)、88年の「A Form at Taking off(離陸する形態)」(スパイラル)、93年の 「Drawing Sculpture」(宇部・現代日本彫刻展、埼玉県立近代美術館蔵)などは、クレー ンが「描くマシーン」に変容した例であり、88、89年の「Distillation(蒸留作用)」(ギャ ラリー檜、美ガ原)や91年の「A Form at Take−off」(飯塚市・コスモスコモン設置)な どは、視覚的こは「蒸発する形態」を代表するもので、とくに飯塚市の作品の場合は、 クレーンが自らを釣り上げながら1本の塔を軸にして、振子の動きや地球ゴマのような 形態となり、上へ上へと上昇していく姿を連想させており、都市のモニュメントとして は最も成功した1例といえるだろう。  

 若いころ、サトル・タカダは盛んにダ・ビンチのデッサン復元制作を試みたという。 その形態因子がもつ作用を現動する都市生命体の中にいつも見ていて、それと生命体と しての自己との重なり合い、いうなれば、異質なものの因子が激しくぷっつかり合う衝 撃波の磁場のようなものを感得しているのだろう。
  先述の飯塚市に作った「離陸する形 態」は、黒いポールが一種の磁場の方向を示し、クレーンで釣り下げられた地球ゴマの ような回転体システム(実際は動かない)は、振子現象のような揺れと静止の対比構造 を示唆して実に美しい。「Drawing Sculpture」と合わせて眺めると、この作家は都市のさまざまな現象の中に理性の痕跡をたぐり寄せて発現させているように思える。

田中幸人

 

ギャラリー檜 Gallery Hinoki
〒104−0061
東京都中央区銀座3−11−2 高木ビル1F
Tel.03-3545-3240  Fax.03-3545-3284