岩上恵子展 個展(5/8〜5/13)
会場/ギャラリー檜
会期/2000年5月8日(月)-5月13日(土)
午前11時30分一午後7時 <13日(土)午後5時30分まで>

  画廊空間に吊された透明ビニール。部分的に方形の大きな彩色がほどこされている。鮮やかで不透明な色面は、見る者の目をひきつけると同時に、その向こう側を見ようとする視線をさえぎる。

 見ることを強いつつ、かつ拒絶する、矛盾する二つを視線に要求する。「見える」と「見えない」、「向こう側」と「こちら側」、その「境界」。 (1995 G・Art Gallery個展より)

 直線断ちされたビニールを四角い輸にしてチェーン状に
つなげたものが 幾つも吊されている。
 細胞膜のような透明な直方体が中空を占めている。壁と床には金属の反射板が置かれ、ビニールを透過した光は金属板に
無数のゆがんだ細胞膜を増殖させる。
 空間は光の洪水。無限に増殖しようとする欲望。
 それとは正反対に虚であろうとする欲望。その二つのせめぎ合いは、
異型増殖(*)を思わせる。
(1998 ゆう画廊個展より)

 正常と異なる未分化な細胞の増殖。広義には悪性増殖(癌)を含むが、ふつう悪性・良性の境界にある増殖状態を指す。(広辞苑、点は筆者)

 以上は、岩上恵子さんの個展を拝見したおりに考えたことを少し書き出してみたものです。幾何学的な形態を基本としていた岩上さんの作品に、昨年から“目”という具体的なものの形があらわれます。目は極めて記号性の強い形ですが、岩上さんの作品では記号的というよりむしろ象徴的な存在に思われます。          今回の個展では、45個もの“目玉”が壁に展示される予定です。画廊をおとずれた人をぐるりと取り囲み、視線を投げ返す目玉たち。これらの円玉を人間の見る機能の象徴とするなら、目玉たちは観客にいったいどんな反応を喚起するのでしょうか。それを見届けたいとする作者の意思が感じられます。             「見る」と「見られる」の往復で増幅される視線。壁に展示される作品目体ではなく、むしろこの視線が岩上さんの“作品”なのかもしれません。

  昨年10月、千葉県でお米作りにたずさわる人々とアーティストが協力して展覧会を開きました(あじょったや一農とアートのふれあい展…)。現代アートを閉鎖的な場から少しでも解放したいとの思いから、岩上さんはこのイベントの運営に深くかかわり活動されました。また、今回のこのラリー個展のよびかけ人の一人でもあります。

 アートがもっと身近なものになり、広く浸透していってほしいとは誰でも願うところですが、一朝一夕にかなうものでないのも現実です。にもかかわらず、一つ一つできることを実行し、活動をつみ重ねていくパワーと誠実さに深い尊敬を覚えます。それはまた、アートは決してアメ玉のように安易に与えられるものではない、という自覚の上の活動でもあります。どんな作品も見る側のモチベーションが稀薄であれば、作品として成立しないといえるでしょう。岩上さんの目玉たちは、「見る」ことをどれくらい認識しているのか、という根源的な間いを私に投げかけているように思えてなりません。  

ギャラリー檜 高木久仁子

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