profilework(作品)個展(2001年 2003年)
IDEA SENSE EXPRESSION展(2004年)
IDEA SENSE EXPRESSION展(2003年

 

終わりなき〈意識のさわり〉の営み

石村 実

 たとえば狩猟人が、ある日はじめて海岸に迷いでて、ひろびろと青い海をみたとする。人間の意識が現実的反射の段階にあったとしたら、海が視覚に反映したときある叫びを〈う〉なら〈う〉と発するはずである。
 また、さわりの段階にあるとすれば、海が視覚に映ったとき意識はあるさわりをおぼえ〈う〉なら〈う〉という有節音を発するだろう。このとき〈う〉という有節音は海を器官が視覚的に反映したことにたいする反映的な指示音声であるが、この指示音声にのなかに意識のさわりがこめられることになる。
  また狩猟人が自己表出のできる意識を獲得しているとすれば〈海〉という有節音は自己表出として発せられて、眼前の海を直接的にではなく象徴的(記号的)に指示することとなる。
  このとき、〈海〉という有節音は言語としての条件を完全にそなえることになる。

 詩人・思想家である吉本隆明は『言語にとって美とはなにか』というテクストの中で言語の発生についてこの様に書いた。これに対し、例えば構造主義言語学では、〈海〉という言葉と海(という対象)の結びつきは窓意的なものとする。つまり海が「うみ」と呼ばれる事に何ら必然性はなく、ましてや両者に〈意識のさわり〉という必然性以上の結びつきを想定する事は出来ない。しかしそれにも関わらず、吉本の〈意識のさわり〉という考え方には惹かれるものがある。なぜ吉本は、言語の発生をこの様にイメージしたのか。
  このテクストの中で、吉本は言語を〈指示表出〉と〈自己表出〉という二つの概念に分けている旧〈指示表出〉とは言葉が〈意味〉をなして何かを指す(表す)作用を概念化したものであり、日常的な言葉の使い方の事を指している。
 

2001年個展より(6/18〜6/30)

一方〈自己表出〉とは言葉の〈表現〉としての作用を概念化したものであり、例えば優れた詩人の紡きだす言葉が言語の意味の領域を広げたり、強めたりする事などがこれにあたる。ひとつの言葉の上にはこの二つの表出が重なって表れるが、吉本は言語の芸術的な〈価値〉を言葉の上に〈自己表出〉としての表れがどれ程の高みに達して表れるかにかかっている、と分析する目このように言語の芸術的な〈価値〉を理論として体系づけて語ろうとする吉本の試みは、テクストが書かれた当時から文芸批評としても言語学的思想としても特殊であり異様であったようだ。
  しかしその試みがラディカルであったがゆえ普遍的な価値を持っていると私は思う。初めの疑問に戻るのだが、吉本は言語の発生において、〈意識のさわり〉という段階をイメージしている。この〈意識のさわり〉の段階というのは、人間の意識が動物的な黎明期から、人間としての感性を持ちえる時期に移行した段階、と重ねられる。例えば吉本はその段階をこの様にも書いている。

 言語は、動物的な段階では現実的な反射であり、その反射がしだいに意識のさわりを含むようになり、それが発達して自己表出として指示性をもつようになったとき、はじめて言語とよばれるべき条件を獲取した。

 〈意識のさわり〉とは、人間の感覚が意識に対して働きかける原初的な刺激のようなものでもあり、それを何とか表出しようとする〈表現〉の欲求の萌芽のようなものでもある。だから〈意識のさわり〉によって言語が発せられたというイメージは言語が発せられた時から〈自己表出〉的、つまり言語が〈表現〉としての要素を含んでいた、という仮想でもある。それがあまりに見事に語られているがゆえに、非現実的な空想であるようにも感じられる。実際、吉本に対する構造主義的な観点から見た批判は冒頭に書いた。しかし、それにもかかわらず私が興味を引かれるのは、そこで語られている〈意識のさわり〉という概念が、言語の発生のイメージとしてだけでなく、言葉の〈自己表出〉の概念とかかわりながら私の中でふくらんできたからである。それは次のような考えによる。
  私たちがある詩の言葉に新鮮な感銘や驚き、或は戸惑いを覚えたとする。その時、その言葉が私たちの内面に及ぼす作用は言語の〈自己表出〉としてその〈価値〉を分析出来る。例えば私たちはその言葉の比喩表現の巧みさ、新鮮さ等の表現論を通してその言葉の〈価値〉を語るのである。私の考えではこの様に言葉が〈自己表出〉として私たちの内面に働きかけるという事は、その言葉が私たちの〈意識〉にさわっている事を示している。図式的に示すなら、発せられた言葉は初めに私たちの〈意識〉にさわる。そして私たちの内面で何かの作用を引き起す。その作用を分析する事で、私たちは言語表現の方法論を見出す。つまり私は〈意識のさわり〉という段階を言語発生の原初的な意識の段階としてだけでなく、現在でも私たちの言語表現の言葉の受容の段階で、その核となるものとして認識出来ると考える。
 このように考える時、詩人が言葉を紡ぎ出す営みは、原初の人が言葉を発したのと極めて似た営みだと言える。〈意識のさわり〉を無自覚のうちに発達させて言葉を発する原初の人と、〈意識のさわり〉を自覚的に組織して言葉を紡ぐ詩人とは、ほとんど相似形の営みをしている。この様に〈意識のさわり〉という概念を広げてみると、この概念は言語表現に限らず人間の様々な表現において、その根幹となる概念として語れるのではないか。

 例えば美術表現において、吉本のようなラディカルな批評の試みがかってあったのだろうか。また、もしも吉本のような批評の試みがあったとしたら、〈意識のさわり〉という概念はどのようにイメージされて、批評に反映されるのだろう。美術表現における〈意識のさわり〉は、言うまでもなくものを〈見る〉という、ごく基本的な事の中にあるだろう。例えば吉本が言語の発生をイメージした様に、私たちも石器時代の洞窟画や呪術的な土偶から美術表現の萌芽に思いを馳せてもよい。それが何を表していてその何処が美しいのか、など具体的な形が残されているだけに言語について論じる場合よりも容易に語れる様にも思える。しかし〈見る〉事によって〈意識〉にさわるという事は、単なる視覚的な〈意味〉の伝達や、ありふれた了解事項としての美の表現を超えた所にあるはずだ、例えば現代美術の批評において頻繁に見られる様な、作品に込められた作為やメッセージを単に分かりやすい〈意味〉として同義反復的に了解し合う安易な傾向は、ある種の退行現象として戒められねばならない。それは作品そのものを〈見る〉という事からの退化であり、吉本の言語を遡行していったラディカルな批評からは千里の隔たりがある。
  私はここで二人の現代美術の作り手を論じてみたいのだが、ささやかな試みとして二人の作品を見ながらその〈意識のさわり〉を粗描してみよう。現代美術に携わる二人の場合〈意識のさわり〉は、殆ど理知的な形で表れているが、二人とも自らの視覚とその感性に忠実であることから、単に観念的である表現からは免れている。

 飯室哲也は1980年頃から、現在のインスタレーション形式の核となる様な作品を発表している。
木の枝、スチールパイプ、加工木材等はその頃からの素材である。飯室は木の枝の自然な屈曲した線とスチールパイプなどの人工的な直線とを繋ぎあわせながら、絶妙な線描を三次元の空間に展開している。
それは既に飯室独自の表現であると言っていい。ただし注意深く作品を見ていくと、これらの作品が伸びやかな三次元空間の線描という理解では済まない事が分かる。

線状の空間感覚-私的過現の混在- 
木、素焼き、石、コンクリート、塗料等 
約W12×D5×H2.7/m 
1997 代々木アートギャラリー


それは使用されている個々の素材の質感、或はものの存在感が線描の一要素という以上の強度を持って見えてくるからだ。
  恐らく飯室から見たら、この様な叙述は行き方が逆であろう。飯室の1980年代以前の作品を見れば、先にモチーフとしてあるのはものの存在感の方だからだ。もの派的な表現(という言い方が正確かどうか分からないが)で、ものの存在感を表現しつつ、そこに如何に自己の感性(である線描)を空間の中に解放し表現していくのか、が当時の飯室の課題であった。
  しかしどちらにしろ重要なのは、ものの存在感を際立たせる素材の表現と、自己の感性の表現である空間中の線描と、ある意味ではぶつかりあう二つの要素を、飯室が同じ空間の中で同時に表現しようとした事だ。 
  この様な危うい均衡の上で表現を成立させようとする時、作り手の〈意識のさわり〉も、危うい局面を伴って見えてくる。既成の表現よりも作り手の意識が膨張し、そこからはみ出さざるをえない時、〈意識〉が目に見えない表現の枠組みに〈さわり〉ながら、それを乗り越えて表現しようとする。
  飯室の場合、作品から見られる〈意識のさわり〉は、分裂しようとする表現上の二つの要素を繋ぎ止める緊張感として視覚的に私たちに迫ってくる。もしもそれがうまくいかなければ、作品は表現要素が分裂して破綻したものとなり、その素材も単なる物体としての残骸をさらす。
  この場合、〈意識のさわり〉は作り手にとって作品制作の根拠であるのと同じくらい、制作上の困難の要因であり、また表現の新たな可能性の萌芽でもある。
その後数年間飯室は様々な空間の中で同じ手法を試みている。それは同じ手法の繰り返しなのではなく、二つの要素の拮抗と融和を絶えず自己の〈意識のさわり〉に問い直しながら、ひとつの表現として成立させていく営みなのである。

そして1990年代から現在まで、飯室の表現はまた新たな展開を見せる。

空間のなかで-WORK15(部分) 

木、ステンパイプ、石、紙、塩ビ管、塗料、カーペット等 
約W11×D5×H2/m 
1998 代々木アートギャラリー

飯室は作品全体に対する部分が、単なる部分でなく視覚的な表現の強度を持った部分となるように、各部分、各パーツの制作に腐心する。
そのためにある部分はそれ自体一つの独立したオブジェである、と言っていいような丹念な作りになり、それがインスタレーションの一部として三次元空間の中に置かれていく。
これは、素材の一つ一つがものとしての存在感を主張していたそれまでの作品と繋がらないわけではないが、そこには次のステップヘと進む表現上の飛躍がある。
  飯室のそれまでの作品は、三次元空間における線描にしろ、ものの存在感の表現にしろ、インスタレーションという三次元空間における仮設的な表現様式を必要としていた。しかし各部分が独立して見えるオブジェ的な(と仮に言っておこう)表現という事になれば、それは単体で設置して鑑賞しても良いわけだから必ずしもインスタレーションという表現を必要としなくなる。従ってインスタレーション作品全体に対し、各部分が齟齬を来す可能性が高くなる。勿論飯室はその危うさも承知しているが、自己の〈意識のさわり〉の在りかが部分表現の強度という点にある限り、この危うさを引き受けるしかない。

  ものの存在感の表現と線描的表現という二つの要素の同時的な表現でさえ、緊張感を伴う困難な表現であったのに、なぜさらに部分と全体という課題を抱えなければならないのか。
  私は例えば現代絵画が画面の部分を単に全体に従属するものとせずに、部分の表現の密度と全体の表現の密度を同時に達成させようとしたジャクソン・ポロックに代表される美術史上の出来事を想起する。その究極の結果が作品全体を均質な色面で塗布するミニマル・アートであるとするなら、飯室はまったく別な方法で同様な事を成し遂げようとしている。作品の部分を単体として独立させつつ、全体の中で統一した表現として成立させようという方法は特殊であるし、またその達成は困難であろう。
  例えば最近の飯室の作品において、時として全体の関係性が希薄に見えたとしても、その表現方法の困難さを考えるなら致し方ない。むしろ私は1997年頃から、飯室の作品に顕著に見られるようになった色彩表現に、新しいステップに進んだ飯室の成果を認めている。この色彩は部分表現の強度を高めようという飯室の意識が、各部分の色彩を全体から独立させた上で強化しようとしたものだろう。
  しかし、それを作品全体として眺めてみると、単に全体のバランスを配慮した場合の色彩効果とは違った、独特の強い色彩表現として見えてくる。それさえも、飯室の新たな展開の収穫の一部に過ぎないのかもしれない。

「さまざまな眼105」より、一部抜粋
1999年11/18〜12/14

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