八田淳profile
会場/ギャラリー檜
会期/1995年7月31日(月)-8月9日

午前11時30分一午後7時 

「線画器」の皮剥

篠田孝敏  

「軽音楽があるのなら、軽美術があってもいいんじゃないか」。いかにも八田節然としたご託宣に「なるほど」と気軽に請け合って悦に入ったのも、もう一昔前。音楽をもものするこの人ならではのものいいであったから、その折、「重音楽」「重美術」もあれば面白いと 軽口を叩き合ったものだ。  
  70年代のこの人の仕事は、ロープやテープ、石膏などの身近な素材 を用いて、日常の事物や空間の辺縁をなぞり、枠取りされた場や境界 を提示することが多かった。そうした線状の事物や空間のなぞりが「ぶ じ」の形示に逢着したのは同慶の至りであった。なぜならそこで、なじみ深い形象に事寄せて、八田はまた見事な地口の奔出へと赴いたか ら。  
 1979年横浜市民ギャラリーでの「第15回今日の作家展」出品作は、 その格好な一例であろう。ギャラリー備品のスチール製戸棚のガラス 戸を斜断するように、テープで「ふじ」の稜線をなぞる作品がそれ。
  「ふれえむにそってはっただけのふじ」というその作品タイトルは、作家の(主体)行為を口実筆記(エクスキューズ)したまでのことで、 この人の面目躍如(これでどうだ)を 余すところなく伝えてくれる。同展出品作のもうひとつの作品が「ふ れえむにそってはったがとったふじ」と対句されていれぱ、なにをか いわんやである。  

 ほかにも「これでもふじか これでもかふじ」など、思わずにんまりとほくそえんでしまうタイトル(作品)に出くわしつづけれぱ、巷間(みんなが) 「ふじのはった/はったのふじ」と刷り込まれるのにさして時間はか からなかった。八円の「八」に「ふじ」の出自があると、まことしやかに ささやかれもしたろう。とまれ地口の「ふじ」は重くはあるまい。
  事程左様に、アッケラカンとした、あるいはさりげない所業に自ら「軽美術」を言挙げ(マニフェスト)したのは、これまた快挙であったわけだ。  というわけで、この人の「軽美術」に合点したのは、身近な素材、 簡潔な線状のなぞり、なじみ深い「ふじ」の形象、そしてなによりも それらを司るこの人の軽妙な手練手管(あのてこのて)、その結果生じる作品の悟淡(こざっぱり)と したたたずまいに興じてのことであった。  この人が発泡スチロールを用いて作品を発表したのは、1988年5月 のINAXギャラリーの個展が最初であった。
  それまでの場における「ふじ」の形示とそれをめぐる自己注釈(セルフコントロール)の仕事から、あらたな「軽美術」 の展開がはじめられた。なによりも新鮮に感じられたのは個の物体と しての提示がなされ、複数が壁に掛けられ、床に置かれた展示は、奇岩をめぐらす庭のようであったこと。

 もとより発泡スチロールは、容器としてあるいは梱包の緩衝材とし て使用済みの廃品が用いられるわけで、本来の用途をはなれて放置さ れている均一なテクスチュアの既成の石油化学製品に、この人が目を つけたのは流石であった。
  中身をぬきとられた風袋なのだから、「軽美術」の使徒として、これほど字義にかなう今日的な素材はあるまい。 中身の凸凹をなぞる雌型の凹凸は、自ら手を下そうとする作家にハッ タと見据えられて、自立する雄型へと反転されてしまう。作家は発泡 スチロールの全面に綿布を貼り、防水塗料で下地塗りを施した上に、 アクリル絵具を用いて、その入り組んだ表面を被い、稜線をなぞる。  

 それで、のっぺらぼうの風袋がことさらの実体として起ち上がる。 隣接する二つの面の辺縁を線状になぞって立体としてのメリハリをつ ける作業は、分水嶺を辿る人跡とも見立てよう。あるいはまた、風袋 に異なる内面を探索しようとして施される赤熱のニクロム線による発 泡スチロールの溶断は、線が面を引き出す手応えを覚えさすだろう、
  そうして得られた複雑に入り組んだ稜線のなぞりはアクロバティック ですらある。なににもましてものごとをなぞるという平坦さにある種 のなまめかしさを感じてしまう私ではある。ラインによるシェイプア ップ。
  だから、線が面を引き立て起ち上げる(作家は、アクリル絵具 と異なり、油絵具による塗布はその量質感が隣接する二面をせめぎ立 てて稜線に行き着くというのだけれど、いずれにせよ)この面妖な仕 事を、ここでは「線画器」とでもいっておきたい気がする。

 さて、この発泡スチロールを中身(シュポール)とする仕事は、今回さらなる展開 が目論まれる。1993年8月、木曽福島近くの日義村で開催された野外 彫刻展、その翌年10月、埼玉県名乗湖で開催された野外彫刻展にそれぞれ出品した作品が、その素材となる。油絵具で起ち上げられた一線 画器」の中身が今回ぬきとられる。いわば着飾った花嫁の衣裳を脱が せようとの魂胆。
 しかも、 作家にとって中の輝く白い裸身はもはや用 済み、見せない算段。
 

  晴れ着を回収する貸衣裳屋さんか、アンタ、八田さん。「線画器」のどこからどう脱がすのやら。それは私に皮剥という魚の調理の初手(外皮-シュルファス-を剥ぐこと)を唐突にも想いつかせる。
  となるとその捌きの手順が肝腎。「線画器」の入り組んだ空間は、慎重に、入り組んだ平面へと展開される。立体からつくられる展開図はこうして もう立体を起ち上げないのかな。

 そうして、すでに何度もかたちを変えて試みられている「ふじ」と の合体も図られる。それは見てのお楽しみ。 「くりかえしともちまわ り」と自身の仕事を認じるこの人の「軽美術」の展開は、この際さら に軽くなるのだ。



八田淳  HATTA Jun

個展
1969.9 10KMのイベント(京都・鴨川)
1970.l2 田村画廊(東京)
1972.7 村松画廊(東京)
1973.l2 田村画廊(東京)
1975.5 ときわ画廊(東京)
1976.3 田村画廊(東京)
1979. 6 白樺画廊(東京)
1979. 8 神奈川県民ギャラリー(横浜)
1980.6 ボックスギャラリー(名古屋)
1981.1 2人称・画廊(東京)
1981.1 「点展」(東京・自宅)
1982.5 2人称・画廊(東京)
1982.5 「点展」(東京・自宅)
1988.5 INAXギャラリー(東京)
1989.2 ギャラリー16(京都)
1995.1 ときわ画廊(東京)

グルーブ展
1967.9 JANイラスト展 木屋町画廊(京都)
1968.1 オメデタイ展 大阪画廊(大阪)
1971.11〈すっかりダメな僕たち〉展 京都市立美術館(京都)
1972.5〈映像による企画〉展 京都書院ホール十京都大学西部講堂(京都)
1972.8〈活躍する僕たち〉展 京都市立美術館(京都)
1972.9〜11 駒場アンソロジー 邦千谷舞踏研究所(東京)
1972.11〈16人ステートメント〉(京都&東京)
1973.6「点展」(東京・自宅庭)
1973.8〈しずけさと蝿の声=表現物と表現理論〉展 京都市立美術館(京都)
1974.4〜5〈ALLOVER80VERALL〉属アート・コア(京都)
     1週間ずつの個人による回顧展 ギャラリー16+0NE2F(京都)
1975.6 「点展」(東京・自宅庭)
1975.8 アート・コア8月展 アート・コア(京都)
1975.3 「点展」(東京・自宅窓)
1977.7 「点展」村松画廊(東京)
1977.8 〈いとやんことなききわにはあらねどすぐれてときめきたもうありけり〉展
     京都市立美術館(京都) 1978.1〈厚顔のものたち〉展 ぎゃらりい・どり(東京)
1978.10 78年10月展 大阪府民ギャラリー(大阪)
1984.ll・12 「点展」長重之・八田淳 (桐生・足利〜蒲田)
1991.5 倉重光則・八田淳 2人展 藍画廊(東京)

その他
1969〜1975 京都アンデパンダン展 京都市立美術館(京都)
1969.10京都府洋画新人展 京都府民ギャラリー(京都)
1969.10野外造形 '69鴨川公園(京都)
1969.11茨木市現代美術展 茨木市民ホール(大阪)
1969.11次元 '69展 京都市立美術館(京都)
1970.8 現代美術の動向展 京都国立近代美術館(京都)
1970.11フイルム造形 '70京都新聞ホール(京都)・田村画廊(東京)
1972.2 1972京都ビエンナーレ 京都市立美術館(京都)
1972.10 現代グラフィックアート展 渋谷西武美術館(東京)・I.C.A.(ロンドン)
1972.10今日の作家 '72展 横浜市民ギャラリー(横浜)
1973.8 1973京都ビエンナーレ(集団による美術)京都市立美術館(京都)
1973.9 現代の造形 '73(映像表現 '73)京都市立美術館(京都)
1973.12 フィルムメディアinタムラ '73 田村画廊(東京)
1974.2 アスペクト’74展(福岡)
1974.3 フイルム・イクジビジョン・イバラギ '74(大阪)
1974.l2 カレンダー展 ミニチュア・アート展 アート・コア(京都)
1975.5 仮称EXHIBISM〈方法から方法へ〉神奈川県民ギャラリー(横浜)
1975.7 私のポスター展 アート・コア(京都)
1975.12今日の静物展 横浜市民ギャラリー(横浜)
1976.10EXHlBlSM '76神奈川県民ギャラリー(横浜)
1977.4 第1回日本現代版画大賞展 銀座松屋百貨店(東京)
1978.3 20年目の京都アンデパンダン展 京都市立美術館(京都)
1978.7 人間と自然の復権展 東京都美術館(東京)
1978.l1今日の作家展「表現を仕組む」横浜市民ギャラリー(横浜)
1979.9 神奈川版画アンデパンダン展 神奈川県民ギャラリー(横浜)
1979.11今日の作家 '79展 横浜市民ギャラリー(横浜)
1980.1 ドローイングによる企画 はまの屋画廊(東京)
1980.11神奈川版画アンデパンダン展 神奈川県民ギャラリー(横浜)
1982.2 雪の高田のメール・アートフェスティバル 大島画廊(上越)
1982.10 自在と自制の空間展 代々木アートギャラリー(東京)
1984.6 『白色変移』パレルゴンII+plan B(東京)
1988.3 現代美術としての映像表現 目黒区美術館(東京)
1989.7 distance ギャラリー檜(東京)
1989.12 さまざまな眼 片江政敵・八田淳 2人展 かわさきIBM市民文化ギャラリー(川崎)
1991.11 POINT NOW '91横浜市民ギャラリー(横浜)
1992.7 '92夏アルプス(WA)ミュージアム 大町野外美術展 大町スキー場(大町)
1993.8 '93夏アルプス(WA)ミュージアム 木曽野外美術展 木曽文化公園(木曽・日義)
1994.10 名栗湖国際野外美術展 '94名乗湖(埼玉・名栗)

ギャラリー檜 Gallery Hinoki
〒104−0061
東京都中央区銀座3−11−2 高木ビル1F
Tel.03-3545-3240  Fax.03-3545-3284