藤井博profile
会場/ギャラリー檜
会期/1994年7月11日(月)-7月23日

午前11時30分一午後7時 


−表面と時間、そして皮膚的視線−

 藤井博の過去の作品写真がある。1971年発表のイヴェント作品、『石』という仕事である。それは石を任意に砕いて、床にそれらを配置し、さらにそこに生じた石粉をギャラリーの壁に振りかけ、定着させたもの。大中小の石のカケラが床を占め、白い壁には煤のような表面が、影のように立ち上がっている。

90.5×108cm 油彩


  そこには、すべての視知覚や触覚を喚起させるために、石という物体を通して、時間と空間を同時に表現しようとする意志がある。藤井は、それを回顧しながら、肉体が石のカケラに侵入し、その中に、表面に、丸ごととりついてしまいたいという衝動に支えられていた、と云っている。それは、藤井が基本タームとしている“視線”の問題と不可分なのだが、いずれにせよ、いささか乱暴にもみえるこの欲望は、藤井の作業を理解する大きなポイントになるだろう。
  このストレートな物質観は、70年代のイヴェント性の強い仕事を通して、80年代の「内へ・外へ」のシリーズにつながっていく。主に、木と布による立体の提示であり、一部塗料を用いた作品である。いわゆる包帯を巻いた材木の立体構成といえるが、部分部分に切り込みが入り、また切り落とされ、そして彫り削られてもいる。

 木材は、物質的素材としては一般に馴染みがあり、視覚・触 覚のいずれにとっても、中間的なメディウムといえる。その密度や硬さにおいてそうなのだが、その質のあり方はあたかも、視線と身体を同一化せんとする藤井にとって、石のようなあり方とは違ったアプローチを促したと思われる。包帯のように扱う布の存在。材木の組成性を隠し、視線を分断する塗料の用い方、などである。
  このシリーズの、それぞれの単体をみればわかるように、木材の直方体が崩れないように留められていること。つまり、切り込み、切り落とし部分が、直方体の各々の面のプロポーションを変形させないように手が入れられており、原形をはっきり認識できる。これは、まず、木材の単体をひとつの“物体”とみなしていることに気づかされる。
だから、いうまでもなく、彫刻的な、3次元のイリュージョンを彫り出す意図は、 ここにはない。
  視線は、3次元のイリュージョンとして引き込ませずに、生の材質と塗布された面との関係に置かれる。さらに布のつながりと切断によって、面というより線の分節によって、視線を漂わせ、そして突き刺すような扱いになっている。それは、物体の造形的幻影性を追うものではなく、物体も、また物質も、見える範囲において、すべて表面にすぎないという、自明の原理を想起させるといっていい。

200×140cm 油彩

 藤井のこのような制作思考は、71年の『石』の作品でみたように、石の粉砕された粒子も、表面でしかなく、また木材においても同様の課題に当面する。ここが、藤井のこのかん、こだわってきた点であり、これは、ペインティングの問題と交差する。かんたんにいうと、物質と表面の、同一性と対立性のことであり、2次元イリュージョンと三次元イリュージョンの相関性という、アポリアに立ち向かわざるを得ない。
  今回発表される作品は、イエロー系の3点とレッド系の1点である、まず、おおまかな印象は、それぞれを地色とし、その中央部に円状にもみえるストロークによって、筆触が重ねられている。それは、独特の抽象空間を形づくっていよう。しかしまた、それを打ち消すように、カンバスの一部が切りとられ、そこからベルト状布が伸び、それらは斜め格子の構造を暗示している。また、切りとられた“穴”も同じ布の表面がみえている。
  これは、まず絵画空間として自立する表面に、もうひとつの表面一裏面があるということである。
あるいは、2層になっているとも考えられる。フォンタナの著名なシリーズ作品『空間概念』は、絵画的表面と広大はそれ以外の空間とを対比的に示すものだったが、藤井の作品は、絵画空間の中に複雑の層を示唆している。フォンタナの場合、表面の強調によって、無限の3次元 性を表したが、藤井の場合、2次元の複数の重ね合わせによって、視線の時間差を感じとれる。つまり、多層化というべきか。
  藤井のこういった制作思考は、グリーンバグ流理論の、一枚のカンバスの表面が規定されるところの、その“限界”を受け入れる。そういった態度とは距離があるだろう。そこでは、透明な時間が矛盾なく同社しているからだ。
  藤井は、むしろ同一化される、表面と時間との関係を揺り動かす。おおわれた一枚の表面を、あたかも“世界”の皮膚をはがすように。その皮膚をはがして、層化させるのだ。つまりは、中間的な時間に、身体の、まさに皮膚的視線を介入させる。それは、冒頭で示したように暴力的といえるかも知れない。だが、その暴力性は、日常目にする光景ほどに過剰なものでは、むろんない。

155×200cm 油彩

 藤井の70年代におけるイヴェント性の高い、そのさまざまな行為は、その日常の中に“時間のリアリティ”や“物質の限定性”を感じとることであった。そういった視線の連続と切断を試みる意識が、矛盾を朶みつつも、現在の制作につながり、立ち現れている。そのエネルギーが、新作の中で渦巻いており、むしろ、そのようにしか、今、絵画に立ち向かうことはできないという、“決意”すらもここに垣間みえるはずだ。

高島直之

 

 

 

 

藤井 博 FUJII,HIROSHI

1942 岐阜県中津川市生まれ
1968 武蔵野美術大学卒業

個展
1970、'71、'73、'74、'75 田村画廊(東京)
1972 イベント(東京、神奈川)
1975、76 楡の木画廊(東京)
1976 イベント(立川)
1977 真木画廊(東京)
1978、'80、'81、'82、'83、'85、'87、'91、'92、'93 ときわ画廊(東京)
1979 壁画廊(東京)
1981、'83 ギャラリー手(東京)
1984、'87 ギャラリー檜(東京)
1988、'90 ギャラリー21+葉(東京)

その他
1970  スペース戸塚 戸塚(神奈川)
1972  活躍する僕達展 京都市美術館(京部)
    Statements フィルムメディア 京都、東京 
    Komaba Anthology 那干谷舞踏研究所(東京)
1973  点展 東京、神奈川、足利
    京都ビエンナーレ 京都市美術館(京都)
    フィルムメディア・イン・タムラ 田村画廊(東京)
1975  点展 立川(東京)
1976  IV International Open Encounter on Video ベネゼェラ
1977  Body as a Visual Language〈身体と言語〉展 真木画廊(東京)
1978 「人間と目然の復権」展 東京都美術館(東京)
1981  オリジン展 ギャラリーフロイデン
1982 〈プランB美術シリーズ〉I 展プランB(東京)
1984  空間の音色展 山梨県美術館(山梨)
    「10人の作家の現在位置」展 横浜市市民ギャラリー(神奈川)
1985 「さまざまな眼」二人展かわさきIBM市民文化ギャラリー(川崎)
1987 「降りたった絵画」展 東京都美術館(東京)
1990 distance展ギャラリー檜(東京)
1991 「眼の座標」代々木アートギャラリー(東京)

ギャラリー檜 Gallery Hinoki
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