出口貴子profile 作品  個展(2000年8/28〜9/2)
会場/ギャラリー檜
会期/2000年8月28日(月)〜9月2日

午前11時30分一午後7時 

「生成における植物の生命」または、しなやかに生じる身振り

出口貴子の作品によせて

 たとえば二つの植物の種子があるとする。見た目には変わらない二つの種子だが、その一つは本物であり、もう一つは精巧な模造品だ。この二つの種子を目の前に置いてみる。見たところその違いを区別するのは困難だが、本物の種子には潜在的な生命の力が内在している。その力はやがて大地と太陽によって発芽し自 然のサイクルと同化してゆくだろう。その一方で模造品にはその力はない。まっ たく別の性質のものだ。一見同じように見えるこの種子も、この内に潜む生命について思い、またそのものの由来について問う時、見る人にとっては今までと違 った内的様相として現れる。ルドルフ シュタイナーによれば、視覚では判別しがたいこの生命の力は、ある種の感覚の鍛錬から光雲につつまれた焔のように知覚されるという。そして彼はその力をエ一テルとよび、生物を形成する根源の力と考えた。

  出口貴子の作品を見るとき、この種子に潜む力に似た生命の根源に対する関心から表現が始まっているように思えてならない。それはすでに生成された形象ではなく、生成以前にひそむ形象を白身の内面という場を通じて種子から育てあげているような印象をもつ。創造という言葉に生命を吹き込むという意味が含まれているとすれば、芸術表現においても生かすという努力がその根幹にあり、素材 に意志を吹き込むという営為が、単なる物質と芸術作品とを明確に区別しているのではないだろうか。
 1993年頃、彼女は紙にマーカーという単純な素材を使い線のみによる作品を描 いていた。一般に絵画の要素として線は思考、色彩は感情といった図式があるが、 彼女の場合思考が線を生み出すというよりも、ある種の動きを線によって追いか けることからはじまったように思える。この動きとは一つの種子のまわりをとり巻く気流のようでもあり、また発芽する方向を模索する種子のためらいのように も見える。彼女はこの線描を画き続け、線はやがて動きを獲得し空間に浮遊した 形態を結びはじめる。そしてこの線描の一定の成果が1996年のギャラリー檜での個展 であった。
 この個展では、線から派生したいくつかの形態が画面に散在し、その一つ一つは主と客の差なく共にかかせない要素として作品を形成していた。形態は植物のようにも鳥類のようにも見え、空間に浮かぶようにして、ある距離を保ちながら も微妙に関連しあっている。色調は控えめで作品全体からは無重力空間に漂う有機物というような印象をうけた。
  正直に言ってこの展覧会を見たときわたしは作品の前にながくとどまりたい気分にはなれなかった。かといってそれを見たくないない訳ではない。むしろじっくりとその内奥に入るようにして作品に接したいのだが、同時にそれにたいする途惑いと倶れがあった。それは彼女の提示した作品のリアリティーがその時のわたしの接している現実からあまりにも遠くにあるように感じられたからだ。作品からはなぜか宇宙に生身で独り取り残されたよう な言いようのない感じが漂っていた。たぶん孤独感とか寄る辺なさという感じに近いのだと思うが、それは感情や情緒から来るものとは別次元であるように思われた。この「感じ」の出どころが解らぬまま「不思議な絵ですね」とかいう感想 を言って会場を出たのを憶えている。

 後に彼女は自分の作品について「内面の植物的な生長運動の中から出現してくる、遥かなる原風景』だと語っている。原風景というと一般に地上のある風景から類推される画面の構図を連想してしまうが、この風景には大地にも太陽にも呼 応するものがない。無重力のような空間にフォルムが散在し浮遊していた。たぶ んこの空間は彼女の内側のより深くにあるひとつの地点なのだろう。そこで彼女 は「植物的な成長運動」を通し生命の根源を見つめ、生まれ出ずるもの以前の領 域にまで遡って作品を作ろうとしたような気がするのだ。そこは喜怒哀楽の入り 込む余地のない、人の体温すら感じないある領域と、そこで淡々と生成し消滅を 繰り返す原初の場所。そのようなところまで彼女は自分の内面を遡り、そこで繰 りひろげられている光景を冷静に見つめ、その運動を絵筆によって一つ一つ目に みえる作品へと引き上げてゆくことで、このような作品に結実していったのだと思う。
 その後、1998年のGALLERY CHIMENKANOYAでの個展、99年のギャラリー イセヨシ のグループ展、そして今回のギャラリー檜の個展を見て、その底流にあるものは変わっていないだろう。しかし一方で表現は色彩を強め、より豊かなふくらみを増してきた。特に今回の個展ではその色彩やフォルムの筆致を通して以前の表現よりもより開かれた生命への慈しみのようなものを感じた。96年の個展での作品が自己の内奥のより深くにある微妙な世界をキャンバスのサイズヘと移し変えたものだとすると、今回はより等身大の身体感覚を通した表現へ変化してきているように思える。それは彼女の内面にある種子から「しなやかに生じる身振り」のように表出し、その生長運動は熱を帯びて空間に響きわたる。生成の根源への問いかけから始まった表現が歳月をかけて血肉化してゆく過程で、その根底をささえるものが変わらぬ限り、今後も彼女の作品はあらゆる展開が可能だろう。

 ボードレールは「芸術の半分は永遠のものであり、残りの半分は時代と共に変化する」と言った。現代は彼の生きていた時代よりもはるかに目まぐるしい変化にさらされている。
   現代美術にしてもその変化の部分だけが話題となり、 時代とのかかわり方と言うキーワードとともに多様すぎるほどの表現形態を生み出した。それは一面では新型のテクノロジーや科学的な発見の後を追いかけているだけのように見えることもある。しかし時代の動きが速くなればなるほど、また情報量が増えれば増えるほど、根源にたいする問いかけが重要な意味を持つのではないだろうか。つまり一本の樹木にたとえるならば、変化の激しい時代を象徴する部分は常に新しい枝や葉の部分であり、過剰に生い茂ったこれらの部分をささえるには、より強く根をはる必要があるからだ。そして現代が移り変わりの激しい時代であるからこそ生成するものの根源をみつめた表現の存在理由は大きくなり、その先から伸びてゆくであろう新しい枝葉の方向を確実に示唆しているように思われる。

※表題はハインツ・デーミッシュ著、「現代芸術の原像」でフランツ・マルクを論じた章からの引用です。

持田幸男
1962年東京生まれ 美術家


出口貴子  DEGUCHI Takako

1961 大阪府に生まれる   
1985 東京大学文学部美術史学科卒業   

個展   
1987 大倉山記念館ギャラリー、横浜   
1989 かねこ・あ一とG1、東京   
1991 GALLERYケルビーム、東京   
1993 かねこ・あ一とギャラリー、東京   
1996 ギャラリー檜、東京   
1998 GALLERY CHIMENKANOYA、東京
1999 「ART-ING TOKYO 1999(セゾンアートプログラム企画)」:ゆーじん画廊、東京

グループ展    
1992 〈様々な平面氈@1992〉かねこ・あ一とギャラリー・東京
1993 〈TAMA VIVANT’93〉多摩美術大学八王子校舎、東京/SOKOギャラリー、東京
     〈生活空間への提案展〉かねこ・あ一とギャラリー、東京   
1999 〈表現のゆくえ展〉ギャラリー・イセヨシ、東京

 

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