 |
 |
 |
 |
|
|
|
INA kenichirou
Exhibition
|
|
|
2006年(9/4〜9/16) 個展
暗い部屋から外のまばゆい光へと眼差しを移すとき、一瞬だが外の光景が光と陰のあわいにその輪郭と色彩を滲ませぼんやりと見える時がある。また何度も繰り返し触れ見てきた物が恰もそこに在るかの様に記憶の中に見ることが出来る。「何を」描いているのかと言われれば、それらが共存する空間と言えるかもしれない。
それが「どの様に」描くかという絵画の実践、表面のざらつきの中に現れるのだろう。 |
|
|
|
|
|
2005年(5/9〜5/21) 個展
再現的な描写に於いて、 「何を描くか」の「何を」は 対象の明示性をともなう。
見る者にとって、そこに何が描かれているのか知る事が出来る。たとえかつて 見たことがない物であっても、そこに描写された物が 再現的な描写の方法と
構造に於いて、描かれた物の様に在る物として見、知ることが出来る。
再現的描写の対象は、その事物の歴史性と見る者の属する秩序、価値観、それによって形成された世界を背景に虚構性(図-記号)として現前する。
絵画そのものの現前としてではなく。
「何を」から対象の背景を取りさってみる。 |
|
|
|
90年代の半ばから、それまでの壁から突き出 るような、あるいは壁にそうように、曲面と時には
切り落とされたような面を持つ立体的な支持体の上に描くという作品と平行して、その自分自身の作品を対象化して平面の上に描くとい う作品を作ってきた。
絵画が「何か」についての表象であるとしても、「何を」対象化するのかという選択は、もの(世界)と私との関係をあらかじめ認識のfield
で濾過されるのでもなく、また直接指し示すものでもない。それらは「どの様に」描くかという形式や方法のなかで形成されるのだろう。
私自身の作品を再現的に描写する事によっ て、一描がれた私の作品一は壁から遊離し、そこにはどの様なものが描かれているのかは見えても、それが何であるかは不明のものとして、表面のざらつきのなかで浮遊し現れている。 |
|
|
2002年1月21〜2月2日

|
|
|